基底

物理学において座標は直交座標系が最も基本的でベクトルの基底は直交座標系の3軸に平行な正規化(自身との内積1)された正規直交基底をとるのが普通である.直交座標系における基底は空間上のどの点においてもそれぞれ同じ方向,同じ大きさの基底をとることができる(図1参照).しかし曲線座標系(例:2次元 極座標系,3次元 円筒座標系,球座標系)や質点に固定された自然座標系では空間上の各点で別の基底をとる(図2参照).
f:id:ubeyuto:20210904145029j:plain:h300
図1
f:id:ubeyuto:20210904153157j:plain:h300
図2

曲線座標系

曲線座標系の基底

曲線座標系において基底は図2のように各点でパラメータの接線方向にとり,直交座標系のパラメータをx_i,基底を\mathbf e_i,曲線座標系のパラメータをu_i,基底を\mathbf f_iとすると
\mathbf f_j:=\displaystyle\sum_i\frac{\partial x_i}{\partial u_j}\mathbf e_i
と定義される.極座標系を例にみると,直交座標系のパラメータをx,\ y,基底を\mathbf e_x,\ \mathbf e_y極座標系のパラメータをr,\ \theta,基底を\mathbf f_r,\ \mathbf f_\thetaとすると
\mathbf f_r:=\frac{\partial x}{\partial r}\mathbf e_x+\frac{\partial y}{\partial r}\mathbf e_y\\
\mathbf f_\theta:=\frac{\partial x}{\partial\theta}\mathbf e_x+\frac{\partial y}{\partial\theta}\mathbf e_y
となる.
x=r\cos\theta\\
y=r\sin\theta
であるため,偏微分
\frac{\partial x}{\partial r}=\cos\theta\\
\frac{\partial y}{\partial r}=\sin\theta\\
\frac{\partial x}{\partial\theta}=-r\sin\theta\\
\frac{\partial y}{\partial\theta}=r\cos\theta
となり
\mathbf f_r:=\cos\theta \mathbf e_x+\sin\theta \mathbf e_y\\
\mathbf f_\theta:=-r\sin\theta\mathbf e_x+r\cos\theta \mathbf e_y
となる.\mathbf f_rは正規であるが\mathbf f_\thetaは自身との内積rであり扱いずらい.そこで正規化してさらに
\mathbf e_r:=\mathbf f_r=\cos\theta \mathbf e_x+\sin\theta \mathbf e_y\\
\mathbf e_\theta:=\frac{1}{r}\mathbf f_\theta=-\sin\theta \mathbf e_x+\cos\theta \mathbf e_y
という基底を用いればよい.
このパラメータの変換と正規化の手続きを知れば任意の曲線座標系の基底は導出することができる.よく使う曲線座標系の直交座標系との取り換えを表にする.

座標 パラメータ 基底(正規化)
極座標 x=r\cos\theta\\y=r\sin\theta \mathbf e_r:=\cos\theta \mathbf e_x+\sin\theta \mathbf e_y\\\mathbf e_\theta:=-\sin\theta \mathbf e_x+\cos\theta \mathbf e_y
円筒座標系 x=\rho\cos\theta\\y=\rho\sin\theta\\z=z \mathbf e_\rho:=\cos\theta \mathbf e_x+\sin\theta \mathbf e_y\\\mathbf e_\theta:=-\sin\theta \mathbf e_x+\cos\theta \mathbf e_y\\\mathbf e_z:=\mathbf e_z
球座標系 x=r\cos\phi\sin\theta\\y=r\sin\phi\sin\theta\\z=r\cos\theta \mathbf e_r:=\cos\phi\sin\theta \mathbf e_x+\sin\phi\sin\theta \mathbf e_y+\cos\theta \mathbf e_z\\\mathbf e_\phi:=-\sin\phi \mathbf e_x+\cos\phi\mathbf  e_y\\\mathbf e_\theta:=\cos\phi\cos\theta \mathbf e_x+\sin\phi\cos\theta \mathbf e_y-\sin\theta \mathbf e_z

※球座標においては\phi,\ \thetaの定義に様々な流儀がありここでは経度角を\phiz軸からとった緯度角を\thetaとした
※※極座標系の原点,円筒座標系,球座標系のz軸上はパラメータが決まらない特異点であるため基底をとることができない
※※※たまたま極座標系と円筒座標系と球座標系の基底は直交基底であるだけで一般の曲線座標系では斜交することがある

曲線座標系における質点の運動

曲線座標系がおかれた空間の中を質点が運動していることを考える.曲線座標系において速度と加速度は
\mathbf v:=\displaystyle\sum_i\dot{u}_i\mathbf f_i\\
\mathbf a:=\dot{\mathbf v}
と定義される.速度は各パラメータの時間微分を成分とし,パラメータの接線方向の基底との線形結合になっている.加速度は速度の時間微分になっている.ここで注意したいのは基底は空間の各点で別であるためパラメータu_iの関数となっており,今は曲線座標系における質点の運動を考えているためu_iは質点の座標を表しており時間に依存する.つまり基底は時間に依存する.よって速度を微分するということは速度の成分と基底の積の微分をするということである.極座標系を例にみると
\mathbf v=\dot{r}\mathbf f_r+\dot{\theta}\mathbf f_\theta=\dot{r}\mathbf e_r+\dot{\theta}r\mathbf e_\theta\\
\mathbf a=\ddot{r}\mathbf e_r+\dot{r}\dot{\mathbf e}_r+\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t}\{\dot{\theta}r\}\mathbf e_\theta+\dot{\theta}r\dot{\mathbf e}_\theta
と計算され
\dot{\mathbf e}_r=\dot{\theta}\mathbf e_\theta\\
\dot{\mathbf e}_\theta=-\dot{\theta}\mathbf e_r
であるため
\mathbf a=\{\ddot{r}-\dot{\theta}^2r\}\mathbf e_r+\{2\dot{r}\dot{\theta}+\ddot{\theta}r\}\mathbf e_\theta=\{\ddot{r}-\dot{\theta}^2r\}\mathbf e_r+\frac{1}{r}\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t}\{r^2\dot{\theta}\}\mathbf e_\theta
となる.
曲線座標系の接線方向の基底の導出の仕方と速度や加速度の定義を知れば任意の曲線座標系の速度や加速度は導出することができる.直交座標系は曲線座標系の特別な場合とみることができるが,よく位置ベクトル\mathbf xを使って速度や加速度を
\mathbf v=\dot{\mathbf x}\\
\mathbf a=\ddot{\mathbf x}
と定義する文献をみかけるが,それは直交座標系の基底が時間に依存しないからできることであって曲線座標系の観点からみると間違いである.そもそも曲線座標系のパラメータと基底で位置ベクトルを定義できない.一般相対論では時空が歪むため曲線座標系が主役となり今や位置ベクトルとは廃れた概念である.また
\mathbf a=\displaystyle\sum_i\ddot{x}_i\mathbf e_i
と定義するのもNGである.

自然座標系

f:id:ubeyuto:20210904220442j:plain:h300
図3

自然座標系の基底

直交座標系も曲線座標系も空間に対し制止しており舞台の役割をなすが,質点の運動の記述では質点に追跡するような座標系を考えることもできる(図3参照).そこで有効なのが自然座標系である.自然座標系は質点が通る経路上の基準点からの弧長s(経路にそって測った距離,質点の移動距離)と質点の微小変位ベクトル\mathrm{d}\mathbf r※を用いて定められる,これから説明する接線方向,主法線方向,陪法線方向に3軸を置く直交座標系である.接線方向とは書いて字のごとく経路の接線の方向であり質点の移動方向を正とする.接線方向の単位ベクトルは\mathrm{d}\mathbf rが接線方向を向き|\mathrm{d}\mathbf r|=\mathrm{d}sであるため
\mathbf e_t:=\frac{\mathrm{d}\mathbf r}{\mathrm{d}s}
と定義される.あるいは速度ベクトルが接線方向を向くため正規化して
\mathbf e_t:=\frac{\mathbf v}{v}
とも定義できる.この定義の等価性は
\frac{\mathbf v}{v}=\frac{\frac{\mathrm{d}\mathbf r}{\mathrm{d}t}}{\left|\frac{\mathrm{d}\mathbf r}{\mathrm{d}t}\right|}=\frac{\frac{\mathrm{d}\mathbf r}{\mathrm{d}t}}{\frac{\mathrm{d}s}{\mathrm{d}t}}=\frac{\mathrm{d}\mathbf r}{\mathrm{d}s}
と変形して示される.ここで
v=\frac{\mathrm{d}s}{\mathrm{d}t}
であることに注意されたい.主法線方向とは接線の変化の方向であり
\frac{\mathrm{d}\mathbf e_t}{\mathrm{d}s}
の方向を向き接線方向に垂直である.説明を省くがこのベクトルの絶対値は曲率であるため曲率半径\rho(曲率の逆数)をかければ正規化される.よって主法線方向の単位ベクトルは
\mathbf e_n:=\rho\frac{\mathrm{d}\mathbf e_t}{\mathrm{d}s}
と定義される.陪法線方向とは接線方向,主法線方向に垂直な方向であり,よく接線方向から主法線方向へ右ねじの方向を正とし
\mathbf e_b:=\mathbf e_t\times\mathbf e_n
と定義される.
※余談であるが微小変位ベクトル\mathrm{d}\mathbf rは厳密には\displaystyle\sum_i\mathbf e_i\mathrm{d}x_iと定義され位置ベクトルは用いてない

自然座標系における質点の運動

質点の速度は接線方向の基底の定義より
\mathbf v=v\mathbf e_t
であり加速度は
\mathbf a=\dot{\mathbf v}=\dot{v}\mathbf e_t+v\dot{\mathbf e}_t=\dot{v}\mathbf e_t+v^2\frac{\mathrm{d}\mathbf e_t}{\mathrm{d}s}=\dot{v}\mathbf e_t+\frac{v^2}{\rho}\mathbf e_n
となる.\dot{v}は接線加速度とよばれ,\frac{v^2}{\rho}を法線加速度と呼ぶ.
運動方程式とは加速度は力に比例することを示しているが,自然座標系において陪法線方向に加速度はないため運動方程式
m\dot{v}=F_t\\
m\frac{v^2}{\rho}=F_n
の2式になる.一定の法線加速度のみの運動は円運動であり曲率半径は円の半径rとなり,加速度の大きさはよく円運動の運動方程式でみる\frac{v^2}{r}となる.